リクルート出身の民間人校長として独自の教育改革に取り組み、進学塾と提携した夜間補習「夜スペ」でも議論を巻き起こした東京都杉並区立和田中学の藤原和博校長。環境教育の分野でも、企業の協力を得てユニークな授業を進めている。「大切なのは情報編集力」と強調する藤原氏に、その理念を聞いた。
――環境学習に積極的に取り組んでいます
基礎学力として小学校では読み書き計算、中学でも数学、国語や英語の力は非常に大事です。しかし和田中では、正解が一つではない課題をどう考えるかという、思考力を高める授業に力を入れています。地域や企業など学校の外のエネルギーを引き入れ、生徒に刺激を与える形で実践しています。
現在の多様化した成熟社会においては、みんなが正解だと考える一般的な解は非常に少なくなっています。子供たちもそのことに気づき始めているのですが、教育のなかにはまだ圧倒的にこの「正解主義」がはびこっています。あえて学校のなかに、外とつながる「出島」を作ることでそれを崩したいと考えています。 外の世界には正解が一つということはありえません。同じ自動車メーカー、繊維メーカーであっても環境問題への対応のしかたや製品を生み出すときの考え方、環境報告書の書き方まで様々です。環境授業では20社くらいの企業に協力してもらい、企業の担当者にインタビューしたり環境報告書を読み込んだりして、自分たちで考えたことを発表しています。12月に東京で開かれている「エコプロダクツ展」では、企業に代わって生徒が発表するということもしました。
――どのような力が育つのでしょうか
私は「情報編集力」という言い方をしています。「1+2=3」などと早く計算できる能力や「コロンブスがアメリカ大陸を発見したのは1492年」と言える記憶力は、いち早く正解を出すための「情報処理力」です。一方、たとえ「1492年」という数字を忘れていても「コロンブスの発見をきっかけに世界がどう変わったのか」「本当にコロンブスが最初の発見者だったのか」など、あることが起きたとき次に何が起こるかを想像したり、自分で考えて物事を疑ったりできる力が、情報編集力です。この力は成熟社会ではとりわけ大事なのです。
私が和田中の総合学習でずっと続けている「よのなか科」という授業では、経済や法律、自殺、遺伝子操作など現代社会の諸問題を取り上げて、自分で考えるということをやっています。常に30―50人の大人が協力し、6人の生徒に対して2―4人の大人がついて議論するというスタイルで、年30回程度開いています。ここで教えているのが情報編集力です。
――環境問題も非常に複雑で答えを見つけにくいですね
たとえば長年乗っている車から排ガスの少ない省エネ型の車に買い換えることはいかにも正解と思われがちです。しかし古い車の処分にもエネルギーがかかります。処分されずに輸出され、ほかの国で走ればよいかといえば、そこで出される排ガスや二酸化炭素は日本の大気や気候にも影響があるわけです。すべてがつながっているという発想が常にないと、非常に部分的、短絡的な結論が正解だと思いこんでしまうのです。
スタイル重視で次々に買い換えてしまう携帯電話も、考えるためのよい材料ですね。いったい年間どれぐらいの携帯が捨てられているのか。携帯電話から希少金属を取り出すビジネスはどうなっているのか。そういったことに疑問に持って考えることが大切なのです。
――ものごとのつながりが見えてきます
そうです。環境はどんなテーマを議論しても必ず突き当たる問題です。そういう意味で、私は環境を考えるために環境問題そのものを入り口にすべきではないと思っています。
たとえばよのなか科ではハンバーガーの原価の仕組みや原材料について考えるカリキュラムがありますが、ハンバーガーから入って環境問題を語ってもいいし、携帯電話や100円ショップでもいい。多くの子がかけている眼鏡やコンタクトレンズ、ナイキのシューズやカシオのGショックからまなぶことだってできます。
――子供の身近なテーマを取り上げるわけですね
よのなか科では、ハンバーガー1個で経済のすべてを語ります。なぜハンバーガーかというと、授業のあと、ハンバーガーを食べるごとに、原価は何%だったな、とか、牛肉はオーストラリアから輸入されていたな、など、授業の内容を思い出すわけです。フィッシュバーガーを食べれば「原材料はタラだったな」「タラはベーリング海で取れるのに日本を素通りしていったん南のほうまで運んでまた日本に運ばれる。これは人件費の関係だったな」などと思い出すわけです。ものごとのつながりを学ぶには、テーマがすごく身近なほうがいいのです。
「よのなか科」という名前は、私が民間企業から来て面白い授業をしているからではなくて、誰がやっても、子供たちが学校から戻っても「世の中すべてが教材化する」からです。世の中を教材にせずに、それ以上に魅力的な教材がどこにあるでしょうか。
たとえば燃料電池について伝えてようとしても「次世代エネルギーでクリーンです」「電気を取り出す化学反応のしくみはこうです」といった話に終始すれば、一瞬すごいと思ったとしてもまったくリアリティーがないわけです。でも入り口がものすごくなじみあるものであれば、授業が終わって日常生活に戻ったときに、後で何度もそのテーマと出会い、発見して授業を反芻できるのです。
――「情報編集力」の強化は受験勉強とも両立しますか
教科学習が要素を教えるとすれば、情報編集力を扱う総合学習は、それらの関係性を教えるといっていいでしょう。両者は補完関係にあるのです。入試問題そのものも変わりつつあり、これからは情報編集力がなければ、少なくとも上位校の問題は解けなくなるでしょう。東京大学の入試問題を見ればわかるはずです。
――企業に期待する役割は何でしょうか
企業が子供向けに提供する環境教育のカリキュラムも身近な話題から関心を呼ぶようなものにしてほしいと思います。大上段に構えて環境への取り組みを語るだけなら、NHKの「週刊こどもニュース」などを見せておく方がよっぽどわかりやすい。授業というリアルな場で提供すべきなのは、例えばその企業の製品から見える環境問題です。
オゾン層が大事だとか南極の氷が溶け始めているということは既に十分に宣伝が効いていて、アル・ゴア前米副大統領の「不都合な真実」が決定的な役割を果たしたと思います。ですから環境問題の解説を繰り返しても何のクリエイティビティーもありません。
<環境授業を担当する青木久美子先生の話>
環境授業は、企業の方に来ていただいて10年ぐらい続けています。働く人と接することによるキャリア教育にも役立っています。ただ、子供は環境問題について大変関心が高く、例えば温暖化の原因を聞けば10個くらいはすぐに挙げることができます。環境問題全般の話だけですと子供が飽きてしまうので、企業の得意分野にスポットを当てて話をしていただけるとうれしいですね。